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眼球の構造はよくカメラにたとえられます。角膜や水晶体はカメラのレンズに、眼底にある網膜はフィルムに相当します。実際の網膜は大きく神経・グリア組織と網膜血管から成り立っています。網膜血管は網膜の内層を走行し、内層網膜を栄養します。一方、視細胞が存在する網膜外層は、網膜よりも深部にある脈絡膜から栄養されています。
網膜静脈閉塞症(retinal vein occlusion: RVO)は糖尿病網膜症に次ぐ代表的な網膜循環疾患です。RVOには網膜静脈が網膜内で閉塞する網膜静脈分枝閉塞症:branch retinal vein occlusion(BRVO)と、さらに中枢の視神経篩状板で閉塞する網膜中心静脈閉塞症:central retinal vein occlusion(CRVO)に大別されます。CRVOでは閉塞領域が広範囲に及び、時に血管新生緑内障から失明のリスクがあり、一般的にはBRVOに比べると視機能予後は不良です。BRVOでは血管新生緑内障から失明に至ることはまずありませんが、網膜新生血管から硝子体出血を生じるリスクはCRVOに比べむしろ高く、その場合には、硝子体手術が必要になることがあります。これらは、RVO患者さんの診療では忘れてはならない要注意の病態ですが、頻度はそれほど多いわけではありません。RVO患者さんの視機能は、たいていの場合、黄斑病変の程度に大きく依存し、我々の研究も主にここにfocusしています。
1) 黄斑浮腫
網膜静脈閉塞症(BRVO, CRVO)では、しばしば併発する黄斑浮腫が視力障害の主な原因となります。近年、anti-vascular endothelial growth factor(抗VEGF薬)が臨床で使用可能となり、従来までの治療方法に比べだいぶ良好な視機能が得られるようになってきました。しかし、本薬剤は網膜静脈の閉塞機転に根本的に作用しているわけではなく、黄斑浮腫の再発が臨床上大きな問題となっています。当科では、発症初期に毎月計3回の導入期治療を行った後、月毎に受診していただき浮腫再発時に1回ずつの追加投与を行っています。自験例を検討してみますと、導入期治療後、約70%の患者さんに黄斑浮腫の再発が認められ、1年間に平均4.6回の注射が必要であることがわかりました(Miwa Y et al. RETINA 2017)。先行する欧米の臨床試験では、最初の半年に6回の注射を行っていますので(BRAVO試験, VIBRANT試験; CRUISE試験, COPERNICS試験)、それに比べれば約半分の投与回数となりますが、実際の通院と治療に伴う患者さんの負担を考えますと、患者さん個々の病態毎に最適な(もっと負担の少ない)治療法の創出が必要です。注射治療から離脱できる(治癒したと考えられる)ケースもあれば、発症後2-3年経過しても頻回の追加治療を要するケースもあり、これら症例ごとのばらつきが何に依るのか検討を行っています。
2) 網膜虚血
RVOでは主要網膜静脈が閉塞することで、網膜出血と同時に網膜虚血(毛細血管床capillary bed の途絶dropout)が生じます。網膜虚血を認める部位では網膜感度が著明に低下しており、特に黄斑部の網膜虚血が視機能に強く影響していることが最近の我々の検討からわかってきました(Ghashut R et al. RETINA, in press; Kadomoto S et al. RETINA, in press, 図1)。 しかしなぜ、静脈閉塞によって血流の中枢側であるcapillary に虚血が生じるのか、また、非虚血型から虚血型への移行例(図2)が存在するかなど、RVOの網膜循環動態については不明な点も多く残されています。黄斑浮腫と同様、網膜虚血の程度にも症例間のばらつきを認めますが、この点ついても十分にはわかっていません。我々は、光干渉断層計(OCT)を用いて、BRVOの原因交叉部における動静脈の交叉パターンとそれに応じた静脈形態の違いについて報告しました(Muraoka Y et al. Opthalmol 2013, 図3)。さらに、最近、OCT angiographyを用いた臨床研究から、この交叉パターンが網膜無灌流領域の多寡に有意に関連していることを見出しました(Iida Y et al, AJO 2017)。現在、網膜虚血のメカニズムや、網膜虚血と抗VEGF治療、また黄斑浮腫との関連性について研究を進めています。
3) 視細胞障害
RVOで認める網膜の障害範囲は内層にととまらず、しばしば視細胞の存在する網膜外層にも及びます。網膜出血は、網膜外層を突き抜けると網膜下出血となりえます(Muraoka Y et al. JJO 2013, Muraoka Y et al, PLoSOne 2015)。中心窩の網膜下出血は、遷延すると直上の視細胞を直接的に障害し、中心暗点の原因になることがあります。我々は、黄斑浮腫を標的とした抗VEGF治療は網膜下出血にも影響し、視細胞障害を緩和する効果があることを報告しました(Muraoka et al. PLoSOne 2015)。これらのことから、当科では、急性期に網膜下出血を認めるケースでは、抗VEGF薬を用いて早期の治療介入を行う方針にしています。
抗VEGF治療によって、良好な視力が得られることが多くなってきた一方で、黄斑浮腫が消失したにも関わらず歪視(物が歪んで見えたり、小さく見える症状)を訴える患者さんが意外に多いことがわかってきました(Manabe K, Tsujikawa A et al. PLoSOne 2016)。しかし、RVOに関連する歪視が何に基づくのか中心的な病因はまだ特定されておらず、先ずは歪視のメカニズムの解明を行い、そのうえで、有効な治療法または予防法の可能性について検討していきたいと考えています。
我々は、日常臨床で生じた疑問点や問題点を忘れず、それらをモチベーションとした研究を行うことを目標にしています。 将来的には、新たな治療法を開発することで、より多くの患者さんに良好な視機能を獲得していただくことが夢です。当科は先代の吉村教授時代から、眼底イメージングの手法を精力的に取り入れてきたため、最新鋭のOCT、OCT angiography、また、広角蛍光眼底造影装置にとどまらず、さらに、天体観測に用いられる補償光学技術を応用した次世代の光イメージング器機を開発・所有しています(キヤノンとの共同研究)。これらを用いたノウハウを最大限に活用し、様々な課題に果敢に挑める体制をとっています。(村岡 勇貴)